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執筆者の写真坂本 慎一

『青天を衝け』第18回

今週は渋沢栄一(篤太夫)が岡山へ兵隊を集めに行きました。後に本人がこのいきさつは詳しく語っています。自ら慶喜に拝謁を願って進言し、やがて見事に兵を集めることができました。いわば最初の大きな成功と言って良いでしょう。

後に栄一は資本を集める合本主義でもって実業を進めていきます。青年時代の最初の成功は、人を説得して人を集めることであり、これがのちに人を説得して資本を集める方法へ進化していくわけです。多くの人の協力を集めてものごとを進めていくのが、栄一のスタイルでした。

ドラマでは栄一が農民の前で現代風のスピーチをしていました。多くの人の前で内容を考えながら話すスピーチは、本当は江戸時代には存在しません。紙に書いたものを読み上げるか、あるいは内容をあらかじめ暗記して話すか、どちらかです。戦国時代までさかのぼると、かえってスピーチのようなものがあったということですが、江戸時代は石門心学にしろ、僧侶の説法にしろ、内容をあらかじめ作っておいて暗記して話すという、古典落語のような話し方でした。

後年の栄一は、自分の話した内容をよく覚えていました。それは、彼がスピーチをしていたのではなく、内容を暗記して話す江戸時代風の話し方を明治以降も多用していたからではないか、と私は考えています。おしゃべりな栄一ですが、多くの人の前で話すときは、それなりに慎重だったようです。

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